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ジャコ・パストリアスの肖像



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ジャコ・パストリアスの肖像
ジャコ・パストリアスの肖像

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人の不幸を暴いてどうするの?

音楽評論家って時々嫌な奴らだなと思います。この本には特にそれを感じた。ジャコパストリアス。彼の残した音楽、そして映像。それは輝かしい偉業だったと思うし、私も何度も畏敬の念を抱きつつ彼の作品をありがたく拝聴しています。多分一週間で一日も聴かない日は無いほど。でも、この本にはそれらの偉業に対する敬意の念や楽曲に対する分析等の努力が欠けていると思います。その代わりに例えば、ワードオブマウスがいかに興行的に失敗したかとか、晩年(若くしての晩年)の彼の奇行の数々にフォーカスを当てすぎている。いろんなミュージシャンにインタビューしていて興味深いコメントもあるが、基本はどんな風に彼が精神的に崩れていったかというコメントが多い。そんなことをして何になるの? 人の不幸を暴いて面白いですか? たとえ、これを書いた著者がジャコの友人だったのだろうが、彼の死を悼んでいるのだろうが、彼にジャコの不幸な話をくどくど書く権利など無いのだ。というのが、私の見方ですが、多分そう思わない人が多いでしょうね。
ジャコは20世紀最大の発見!

私の回りでジャコをリアルタイムで経験した人へ始めて「見た」「聞いた」時の事を聞くと、「ぶったばげた!」とか「えっ!?」としか言葉が出なかったとか皆一様に言葉にならなかった印象を話してくれる。私も同じでした。全く想像も出来ない文明に始めて出くわした時のカルチャーショックとはまさにこんな感覚なんだろうと。
前半は筆者や登場するミュージシャン達も私たちと同じ印象であったと再確認させられる本です。特に筆者がジャコと初めて出会った(発見・発掘された)下りは何度読んでも痛快です。
後半は天才ミュージシャンの破滅に至る経緯がかかれており、悔しい気持ちで一杯になりますがジャコの生涯、音楽観、人間性を知る非常に良い本です。

表紙の写真だけでも買う価値有りです!
ジャコ・パストリアスとは?

オリジナルは1991年刊、『The Life And Times Of Jaco Pastorius』。第7章の『ジャコの思い出』で語るミュージシャンたちのジャコについてが最も興味深い。特に、ジェフ・バーリンが無理やり彼の音楽を聴かないようにしたり、フレット・レス・ベースを捨てるくだりや、渡辺香津美のツアー同行のくだりが面白い。

ジャコ・パストリアスとは?

ニューヨーク、マンハッタンを背中にFenderのフレットレス・ベースを逆さに背負って闊歩する長身のチョンマゲうった男がいる。その男こそジャコ・パストリアスだ。ジャコは1987年9月21日(Mon)、午後9時25分、喧嘩による負傷が原因でフロリダで死去。享年35歳。

ウエザー・リポートのベーシストとして、世界で最も低い音を出しながら『ヘビー・ウエザー』あたりから参加。ジョー・ザビィヌル、ウエイン・ショーターといったビッグ・ネイムと互して、凌駕してしまったその天性の力は1981年『Word of Mouth』という傑作で一つの頂点を迎える。

フロリダのフォート・ローダーディルにあったジャコの自宅に、24チャンネルのライブ・レコーディング用トラックを駐車させ、その傑作は出来上がった。最初の曲『クライシス』は最初にベースとリズム・トラックだけを録音し、次にソロイストを一人ずつにベース以外何も聴かせずにオーバー・ダビングして作られている。ジャコ以外誰一人、どんな作品になっているのか知らされていなかったという。
最高作『リバティ・シティ』では彼が実は何がやりたかったかが如実にでている。『ああ、ジャコ、君はこういう風にやりたかった訳か。』と言ってやりたいくらいすばらしくオリジナリティあふれている。トゥーツ・シールマンのハーモニカ、スティール・ドラムの音、ハービー・ハンコックのピアノ、そしてジャコのベース。すべてが渾然一体となって、ひとつの生命体になりマイアミの空へと歩を進めているような気がする。至高だ。
ジャコがこの一つの頂点を迎えていたとき、日本の『Aurex Jazz Festibal』にやってきた。1982年9月5日、横浜スタジアムに僕は彼のビッグ・バンドのライブを聴きに行くことができた。のちにライブ盤『TWINS』という名前でI とIIに分けられて発売されている。

トゥーツ・シールマンやランディ・ブレッカーといった業師の中、ジャコのベースは冴えまくっていた。やはり、『ソウル・イントロ/ザ・チキン』、『コンティニウム』、『リバティ・シティ』と続いた演奏は筆舌に尽くしがたい物だった。歴史の一部を見ている.......そういった感じだった。

そんな彼も最期は、愛用のベースを売り、マンハッタンの路上で自分のレコードを売り歩くようになった。

強烈に光輝き、燃え尽き、路上の喧嘩が原因で、35歳で死ぬ。そういう人生もあるのだろう。確かに人生はなんでもありかもしれない。

彼はジャズ界におけるシド・ヴィシャスだったな、と僕は思う。
何故という言葉と悔しさ

世界一のベーシスト、ジャコ・パストリアス。
それは彼の死後も変わらない。
彼と似た音のベーシストはいる。しかし、彼ではない。
彼の音、弾き方、彼の曲。
それらをあわせたものを超えるベーシストは
いまだいない。
この本を読んで、何故あのような状態まで彼は逝かなければならなかったのか、疑問と悔しさが残る。

アルコールとドラッグと病気のせいだけではない気がする。

「俺は子供が4人もいて、クリスマスなのに家に帰れない。」
と言ったとか、
娘の写真を眺めながら泣いていたという文章を読むと
せつなくなる。
もしトレーシーと離婚していなかったら・・・
ウェザー・リポートから脱退していなかったら・・・

もう少し彼は踏ん張って生きていけたのではないかなどと
思う。

ジャコパストリアス・コムへ行ってみると
世界中のツアー先から家族へ送った絵葉書が出ている。
愛情のこもった文章が書いてある。
彼は本当は家庭的な人間だったのだと思う。
そして、家族の支えがほんとうはなによりも
欲しかったのじゃないだろうか。

これは私の想像でしかない。

真実は闇のなかだ。

この本を読むとその真実がわかるようでわからず
もどかしく、またジャコを救えなかった悔しさと哀しさが
襲ってくる。

そして同時にジャコをいまだ愛している自分に気がつく。
初期ジャコのプロフィールが赤裸々に・・・

ジャコ・パストリアスといえばウェザーリポートでの活躍やファーストアルバムでの衝撃が強く印象付けられているが、ここではそんなジャコの全盛期についてはあまり触れられていない。そこに至るまでのジャコの生い立ちや音楽的背景が赤裸々につづられている。ジャコ・ファンだけでなく音楽ファン必見の一冊であろう。



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